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富山地方裁判所高岡支部 昭和46年(わ)89号 判決

主文

被告人を罰金三、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実中、業務上過失致死傷の点については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都公安委員会から普通自動車の運転免許を受けている者であるが、昭和四四年九月二日住所を東京都国分寺東恋ケ窪四丁目一三番地の四から、新湊市本町三丁目三番一四号に移したため、免許証の記載事項に変更を生じたのに、すみやかに住所地を管轄する富山県公安委員会に届け出て変更にかかる事項の記載を受けなかつたものである。

(証拠)〈略〉

(適条)

被告人の判示所為は道路交通法九四条一項、一二一条九号に該当するところ所定刑中罰金刑を選択し、右金額の範囲内で同人を罰金三、〇〇〇円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金三〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

(無罪の理由)

一、本件公訴事実第一は、

「被告人は自動車運転の業務に従事している者であるが、昭和四六年五月三日午後六時四〇分ころ、軽四輪乗用自動車(以下「被告車」という)を運転して、県道伏木港線を、高岡市片原町方面から同市伏木串岡方面に向け時速約六〇キロメートルの速度で北進し、同市米島四四五番地先の自動信号機によつて交通整理の行なわれている交差点にさしかかつた際、前方の信号機が進めを表示していたので速度を低下して右折しようとしたのであるが、かかる場合自動車運転者たる者は前方を注視して対向して来る直進車の有無を確かめ、若し直進車があれば一時停止して、これに進路を譲りその通過後に発進すると共に、できる限り道路の中央により、かつ交差点の中心の直近の内側を徐行して右折する等の措置を講じ、もつて不測の事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに不注意にもこれを怠り、前方を注視していなかつたため、約八〇メートル右前方から対向直進して来た森園稔運転の普通乗用自動車(以下「森園車」という)の前方を山田辰郎(昭和二九年一月二六日生)が後部座席に安部隆之を乗車させて自動二輪車(以下「山田車」という)が運転対向し、直進しているのに気づかなかつたためこれに進路を譲らないで、漫然速度を時速約二〇キロメートルに減速したのみで、徐行せず、かつできる限り道路の中央へ寄らないで右折を開始した過失により、右山田車が約一〇メートルに接近して来てようやくこれを発見すると共に、あわてて急制動をかけたが及ばず、山田車の右側面に自車の右前部を衝突させて、同人らを後方路上に転倒せしめ、よつて、(一)右山田に対し腹部内臓破裂の傷害により、同日午後一一時四〇分ころ、同市本丸町一三番四三号神山病院において死亡するに至らしめ、(二)右安部に対し、全治約四ケ月間を要する右下腿骨骨折等の傷害を負わせた。」というにある。

二、右公訴事実のうち、被告人が右折をしようとしたときの森園車および山田車の位置、被告車の速度、山田車発見位置、前方安全確認ならびに避譲義務違反の過失があつたとの点を除きその余の事実(以下「本件事故」という)は、〈証拠〉によりこれを認める(以下被告人の公判廷における供述を「被告人供述」と、検察官ならびに司法警察員に対する各供述調書を「被告人調書」と、証人森園稔の供述を「森園証言」と、同人に対する尋問調書を「森園調書」という。)。

三、そこで、右各義務違背の有無について審按する。

(1)  本件事故発生現場の状況

前示各証拠によれば、本件事故発生現場は、高岡市片原町方面から同市伏木串岡方面に通じる県道伏木港線の産業道路(以下「県道」という)に同市吉久方面に向う道路が同市米晶四四五番地先においてT字形に交差している場所であつて、同所付近の県道の幅員は車道部分が18.6メートル(うち軌道敷内が2.6メートル)、歩道部分が合計約六メートルである(その他の道路状況については別紙見取図のとおりであり、以下に示す地点の記号は右見取図のそれである。)。

(2)  被告車の進行状況

被告人調書、同供述、実況見分調書および検証調書を総合すれば、被告人は本件交差点の四〇メートル手前から右の方向指示器により右折の合図をして中央の軌道に寄り進行し、横断歩道の手前の停止線の所((甲)地点)から時速約二〇キロメートル(秒速5.556メートル)の速度で右折を開始し、右折開始後、軌道敷を越えたあたり((甲)地点から約八メートルの地点)で伏木側方向からの爆音を聞き、その方向を見ると前方十数メートルに山田車が直進して来るのを発見して直ちに急制動の措置をとつたが、及ばず、地点(甲地点から約一六メートル)に於て衝突するに至つたこと、被告車が進行した進路は別紙見取図のとおりであること、地点から交差点東側端迄の距離は約一メートルであること被告車の長さは約三メートルであることが認められる。

(3)  森園車及び山田車の進行状況

森園調書において同人は、本件事故現場付近で時速六〇キロメートル(秒速約16.667メートル)の速度で直進し、同車が点に至つたときに山田車が追いつき、森園車が点に至つたときに山田車がロ点を進行し、森園車が点に至つたときに山田車が点に於て被告車と衝突したと述べている。

従つて、(イ)時速六〇キロメートルの森園車が約一四メートル進行する間は山田車は約二五メートル進行し、また、(ロ)森園車が三五メートル進行する間に山田車は約八〇メートル進行したことになるから、右山田車の速度をX1とすると、

(イ)の場合

右算式により時速約一〇七キロメートルと、

(ロ)の場合

右算式により時速約一三七キロメートルとなる。なお森園稔の検察官に対する供述調書には山田車が森園車を追越したのは交差点から一五〇ないし一七〇メートルの地点であるとの供述記載があるが、右供述は実測によるものではなく、これを以つて実測に基く森園調書の証明力を減殺し得ない。

尤も、被告人調書(司法警察員に対するもの)において、被告人は右折開始後山田車を前方約10.2メートル先に発見したと述べており、同人の説明による実況見分調書によれば被告車が2.47メートル進む間に、山田車が8.65メートル進んだことになり、これに基けば、

すなわち、時速約七〇キロメートル

となるが、右調書内で、被告人が山田車を発見したとき同車が交差点内に入りかけていた、また、同車の速度は、八〇から九〇キロ出ていたとも言つており、右供述に基くならば、発見地点が前方約10.2メートルであるというのは誤りであるということになり、右調書だけを以つて山田車の速度を推認することはできない。

結局右森園調書および被告人調書ならびにこれに基く推計の結果と森園証言において同人が山田車の速度は一〇〇キロメートル位に感じられた、追越してから衝突する迄三秒ほどあつたと述べていることと各人の指示地点に多少の錯誤があり得ることを考え合わせると、山田車は事故当時一〇〇キロメートルを下らない時速で進行していたものと認められる。

(4)  過失の有無

(イ) 右折開始時における過失の点

昭和四六年法律第九八号による改正前の道路交通法三七条一項は車両等が交差点で右折する場合(以下右折車という)において直進しようとする車両等(以下直進車という)の進行を妨げてはならない旨定めているが、右規定は、いかなる場合においても直進車が右折車に優先する趣旨ではなく、右折車がそのまま進行を続けて適法に進行する直進車の進路上に進出すれば、その進行を妨げる虞れがある場合、つまり、直進車が制限速度内またはこれに近い速度で進行していることを前提としているものであり、直進車が違法、無謀な運転をする結果右のような虞れが生ずる場合をも含む趣旨ではないものと解すべきである。けだし、直進車が制限速度をはるかに越えた速度で進行するような場合に迄右折車をして右直進車の進行を妨げてはならぬものとすれば、右折し終る迄に物理的に交差点に達し得る直進車がある限り、右折車はいつ迄も右折進行することができず、かくては、交通渋滞を招く反面、暴走車の跳梁を許す結果となり、到底安全円滑な道路交通を維持することにはならないからである。

従つて、右折車としては、直進車が制限速度内またはそれに近い速度で進行することを前提に、直進車と衝突する危険のある範囲内の前方の状況を確認し、かつ、その範囲内に進行する直進車の避譲をすれば、足りるのであつて、これ以上に制限速度をはるかに越える速度で進行する車両等のあることを現認している場合は格別、これに気付かない場合に迄そのことを予想して見とおしのきく限り前方の状況を確認し、かつ、全ての直進車を避譲しなければならぬ業務上の注意義務はない。

ところで、前記認定のとおり、被告車の右折開始位置である甲地点から衝突した地点迄の距離は約一六メートル、地点から交差点東側端迄の最短距離は約一メートル、被告車の長さは三メートルでありその合計は約二〇メートルであるから、被告車が時速二〇キロメートル(秒速5.556メートル)の速度で進行すれば、約3.6秒で右交差点を通過し終るものと老えられ、他方、直進車が右3.6秒内に制限内速度で被告車の進路上の最も伏木寄りの地点(地点と一致する)に達するには、被告車の右折開始時に於て、直進車としては右進路上迄約六〇メートル(制限秒速16.667メートルに右進路に至る迄の時間3.6秒を乗じて得られる)以内の地点を進行していなければならない。

換言すれば、前記のとおり時速二〇キロメートルで進行しようとする被告人としては、その進行しようとする地点から六〇メートル前後の距離内に直進車がある場合にのみ、前記道交法三七条一項による避譲義務を負い、従つて右距離内の状況確認義務を負うものである。

ところで、被告人が右折しようとしたときの直進車の進行位置を考えると、森園証言、同調書および検証調書によれば、被告車が地点にいたつたとき、森園車は地点にあつたというのであるから、被告車が右折を開始しようとするとき、つまり地点にいたる三秒前には森園車は地点から五〇メートル前後伏木寄り(森園車の秒速16.667メートルに右三秒を乗じて得られる)―地点から約九五メートル―の地点を進行していたことが認められる(尤も、被告人調書によれば、同人が右折しようとしたとき、前方約八〇メートルに普通乗用車(森園車)が進行してきたのを認めたと述べられ、森園調書によれば、同車が地点から地点に至る間に被告車が右折しようとしていたと述べられ、右各証拠によれば被告車が右折しようとしたとき森園車は地点から約五五メートルないし六七メートルの地点を進行中であつたことになるが、被告人供述(第三回公判)によれば、同人が右折しようとしたとき、森園車は◎地点つまり地点から92.5メートルの地点にいたと述べられており、かりに五五ないし六七メートルの距離内にあつたとすれば、時速二〇キロメートルの被告車が一六メートル進行する間に時速六〇キロメートルの森園車が一〇メートルないし二二メートルしか進行しなかつたという奇妙なことになるので被告人の供述が実測に基くものであること、森園証人が被告車の右折しようとするのを見た地点が何処であつたかについて明確な記憶がないことから見て本文の認定が正しいものと考える。)。

また、山田車は前記認定のとおり、事故現場付近に於て、少なくとも時速一〇〇キロメートル(秒速約27.778メートル)以上の高速で進行していたのであるから、被告車が右折しようとした時には地点から少なくとも八三メートル(山田車の秒速27.778メートルに被告車が甲地点から地点に至る時間三秒を乗じて得られる。)伏木寄りの地点を進行していたことが窺われる(かりに右六〇メートル内に山田車が進行していたとすれば、右速度内で進行する山田車としては右地点を2.3秒内に通過し終ることになり、同地点にいたる迄三秒を要する被告車との衝突はあり得なかつたことになる。)。

結局、被告人が右折しようとしたとき、適法な速度で進行する直進車と衝突する危険が生ずる虞れがある範囲内に山田車その他の直進車が進行していた事実が認められないのであるから右事実を前提とする避譲義務および右範囲内の前方確認義務違反もないものと言わねばならない(山田車が先行していたかどうかにより結論は変らない。)。

(ロ) 右折開始後における過失の点

前記認定のとおり、被告人は山田車が前方十数メートルに接近する迄、同車に気付かなかつたものであるから、同人が右折開始後それ迄の間伏木方面の注視をしていなかつたことが窺われる。

また、被告人調書、森園証言によれば、被告人は本件交差点の中心から若干離れた内側を前記のとおり二〇キロメートルの速度で進行したことが認められる。

なるほど、被告人が本件交差点において道交法三四条二項の定める所に従いその中心の直近を徐行して進行すればあるいは衝突は避けられたかも知れない。

しかし、前記のとおり避譲義務がない状態で右折進行した後においては、特段の事情がない限り、直進車が交通法規を守つて進行することを信頼して運転すれば足り、右信頼のとおり適法な運転がなされる限り衝突等の事故発生の危険が生じ得ないのであるから、制限速度をはるかに越えた高速で交差点を突破しようとする直進車のあること迄を予想し、それとの衝突を避けるために同方向の安全を確認し、交差点の直近の内側等を徐行する等の措置を講ずべき刑法上の注意義務はない。

従つて、被告人が交差点の直近の内側を徐行しなかつたことが道交法三四条二項に違反するとしても、なお、これを以て刑法上の注意義務違反にあたるものとは言えない。

四、以上要するに、本件事故に関して、被告人には公訴事実記載の如き過失は認められない。

よつて、業務上過失致死傷の点は、結局犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡をする(付言すると、本件訴訟費用は無罪とした分について生じたものであるから被告人の負担にはならない。)

(福井欣也)

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